みゆまっしーのノンフィクション小説・第三話。体調が悪いと遊ぶ約束をドタキャンした私の実家の二階に住むメキシコ人の友人「彼」。確かに体調は悪そうだったが、その日会ったのを最後に当然行方不明になった…その理由が手紙で明らかになる!?
前回まで
...................... 第三話 ..........................
「なんかね。夕べは家に帰ってないみたいなのよ。で、ちょっと気になって部屋に入ってみたら、机の上に手紙が二通あるんだけど。どうやら一通はあんた宛みたいよ。ちょっと今日、仕事が終わったら一度こっちに帰って来てよ。」
いつも冷静沈着でめったに驚かない(驚いているのかもしれないがポーカーフェイスで表には現さない)母が、珍しく焦っているようだった。
電話を至急よこせ、という母からの携帯メールを見て、何事?と思い仕事の休憩時間に自宅に電話をした私は、正直拍子抜けがした。
「どこか友だちのところにでも泊まりに行ってるんじゃないの?相手もたいがい大人なんだし、そんな気にすることでもないと思うんだけど…」
「でも、いつも持ち歩いているバッグもそのままだし、ケータイも机の上に置いてあったわよ。もう!あんたが連れて来たんだから、ともかく一度帰って来て!」
言葉を荒げるのも珍しい。こうなった母には逆らえない。私は最低限その日こなさなければならない仕事をすませ、定時で職場を出て実家に向かった。
まだ私のなかでは最後のときの気持ちをちょっと引きずっている。
なによ。体調悪いなんていって速攻出かけてるじゃん。母が何を心配してるのかわからないけど、ホントいい迷惑だわ。私にも私の生活があるんですけど。
アタシ宛の手紙?言いたいことがあるなら、メールで送ってくれれば簡単なのに。ああもう、振り回されるのは勘弁してほしいわ・・・
そして二時間後。
彼の部屋で二通の手紙を手にした私は、そんなことを思っていた自分が恥ずかしくもあり、バカらしくも平和だったその時間が懐かしくもあるような状態で、右こめかみ奥のカウンターボタンをひたすら押し続けていた。
「みゆまっしーへ
今までいろいろありがとう。君に会えたことは日本に来てから僕に起こったことの中で最良のことだった。詳しいことは祖父母宛の手紙に書いてある。これを読んだら僕の今の気持ちがわかってもらえると思う。だからどうか僕を捜さないで。僕は静かに最期のときを迎えたいんだ。申し訳ないが祖父母宛の手紙を彼らの元へ送ってほしい。最後まで迷惑をかけてすまない。本当に本当に今までありがとう。君の幸せをどこにいても祈っている。
◯◯より」
「大好きな大好きなお祖父ちゃん、お祖母ちゃん
僕は貴方たちの孫であったことを大変誇りに思っています。実の母にさえ捨てられた僕を、今日までとても強い愛のなかで育ててくれて本当にありがとう。できることなら直接会ってこの感謝の気持ちを貴方たちに伝えたいけれど…どうやら僕にはその時間がないようです。
貴方たちはどうして今、日本に行きたいんだ。もっと後でもいいではないか。そう僕に言いましたね。でも僕には急がなければならない理由があったのです。
今年の2月のはじめ頃。あまりに頭痛がひどくて吐き気さえあったので、実は黙っていたけれど僕は◯△メディカルセンターで検査を受けたんです。
結果は悪性の腫瘍が脳にできている、ということでした。
僕が一日部屋から出てこなくて学校も休んだ日のことを覚えていますか。 お祖母ちゃんがとても心配してくれましたね。そう、この結果を僕が医師から告げられたのは、まさにあの日だったのです。
そのときに僕のステージはかなり深刻な段階だけれど、最先端の医療技術のある日本でならもしかしたら治癒の望みがあるかもしれない、と医師に告げられました。
そうです。
だからこそ僕は日本に来ました。
最新の医療を受けるために。
ですが、本当におしまいです。先日日本の病院でも、もう手の施しようがないと日本人の医師から告げられました。余命は3ヶ月か、もって半年だそうです。
僕はこわい。そして悔しい。まだ19なのに、なす術もなくただ死んで行かなければいけないのが、本当にこわくて悔しいんです。
ですが同情されるのはまっぴらです。それよりは誰も僕を知らないところで、静かに僕の人生の終わりを迎えたいと思います。僕はこれから死に場所を求めて日本を旅します。ただじっと死を待つのは耐えられません。どこか暖かな南の方がいいかな…そんな当てのない旅をしようと思います。
その僕の最後の日まで、僕はお二人に最大級の愛と感謝を送り続けます。そして生まれ変わったら、またお二人の孫として生まれてきたい。今の僕の願いはただ、それだけです・・・(後略)」
わからない。意味がわからない。
スペイン語が。医療用語なんてわからない。
難しい言い回しなんてわからない。
本当にこの訳で合っているのか?わからない。
でも、この訳で合っているのだとしたら…
もっとわからないよ。この状況が。
なんなのだ、なんなのだ、なんなのだ!
でもひとつだけは…わかった。
あの日曜の彼の暗さ。電話さえしてこなかった彼の状況。すべてはここで書かれた病院の最終結果を告知されたことによるものだった、ってことが。
私に何が出来るのだろう。
捜すな、と手紙に書いてある。
彼の意志は尊重したいとは思う。
でも友人として、本当にそれでいいのだろうか。
どちらに進めばいいのかわからない、何も見えない無彩色の霧がかかった砂漠の中で、ふと机に置かれた彼の携帯電話が蜃気楼のように浮かび上がり、私は無意識にそれを手に取った。
ここにケータイがある。彼とはこちらから連絡をとる手段がない、という事実が形となって私の手の中にある。彼はもう私も含め、このケータイで連絡を取り合えるすべての人との関係を切り捨てたのだ。そう、私たちは切り捨てられたのだ。
私はアドレス機能を開くボタンを押した。
ホストファミリーの家族の名前、勤務する語学学校の名前…私が彼から聞いたことのある名前がいくつかある。もちろん私の名前も。そしていくつかの知らない名前。
今日はもう遅い。明日、ちょっとこの連絡先にいくつか電話をしてみよう。語学学校は無断欠勤をしないよう、まず一番にかけよう。彼のために、彼の代わりにできることをしよう。…そう思って立ち上がった私の目に、今度は彼のいつも持っていたカバンが飛び込んで来た。本当に母はよく見ている。
本当だ。これも置いていったんだ。全てを置いていったのか。
いや、でもそれは「おかしい」のではないか?
私は今までもここが彼の家となってからは遠慮して居間しか入っていなかったが、初めて寝室に足を踏み入れた。そこには彼のスーツケースも残されていた。服も見た限りではほとんど残っているようだ。たくさんのCD、ウォークマンもある。旅に出るというのにここまで何にも持っていかないものだろうか。
これではまるで・・・
私は最悪の事態を想像してしまい、立っていられなくなって再び居間のソファーに腰掛けた。身体がガタガタと震えてくる。寒い。当然だ。もう12月なのだから。この寒空の下、彼は今、どこで何をしているのだろう。
今もまだ。
生きていてくれてるのだろう、か・・・
第四話に続く ↓
◉おまけ◉
ヤバい。なんか書くのが楽しくなってきて5回じゃ終わらなさそう。すみません。もーちょっとだけおつきあいください!ちょっとだけネタバレすると、大丈夫。彼は生きてます。ここでチョロリと出てきます。