みゆまっしーのノンフィクション小説・第四話。二通の手紙を残し出奔した「彼」。アユが好きだから日本に来たと笑っていたが、その手紙には悪性腫瘍の治療のための訪日だと明かされていた。一方で少しづつ彼の嘘が明らかになっていく・・・
前回まで
...................... 第四話 ..........................
主(あるじ)の消えた寒々しい部屋にこれ以上いては、本当に私の身体もおかしくなってしまう・・・明日も仕事だ。そろそろもう自分のマンションにもどろう。私は立ち上がった。
でも、まだ何か見逃しているサインはないか___
未練たらしく最期にもう一度部屋を見回した私は、台所の片隅に積まれたカップラーメンの山に目が止まった。しょうがないな、ちゃんと自炊するといっても男子はこれだから…
しかしガスレンジの上や水切りかごの上があまりにもすっきりし過ぎている。私はある確信を持って冷蔵庫の野菜室をまず開けてみた。やっぱり。初日にカレーライスを作ったときに使った米が、ほとんどそのまま残っていた。あの時炊き方だってきちんと教えたのに、彼は米さえ炊いていなかったのだ。入っているのは飲み物の他はハムなど簡単にそのまま摘めるものがほんのちょっと。…案の定ゴミ箱を見ても野菜くずのようなものは一切見当たらない。
これで決定的だ。彼は自炊をしていなかったのだ。面倒だからか出来ると言ったのは見栄で本当は出来なかったのか、それはわからないけれど。きちんと三食食べていたのだろうか。彼はいったいここでどんな生活をしていたのだろう___
ああ、もう考えるのはやめよう。詮索して何になる。それにきちんと食べようが食べなかろうが彼の病気が良くなるわけでもない。それこそ大きなお世話だ。
今、ともかく私に出来ることはない。全ては明日。まずは電話だ。後は彼の無事を祈るだけ。そう、今できることはそれだけだ。
今度こそ私は気持ちを奮い立たせて、この家を後にした。
その際ちょうど明日は燃えるゴミの収集日だったことを思い出し、少しでもこの部屋からイヤな空気の元を追い出そうとするかのように、最後に見た生ゴミ(といってもほとんど紙ゴミだったが)の袋の口を閉じ、収集場所にえいっと出してやった。
ああ、こんな風に簡単に、要らないもの、抱えきれないもの、面倒なもの、イヤな臭いを放つもの…みーんなみんなゴミ袋に入れて、それぞれの収集日に出してすっきりできたら、人生はなんてシンプルで快適なものになるだろう。
次の日の仕事の休憩時間。
私は彼の携帯のなかの番号を頼りに語学学校に電話をかけていた。
「そのような名前の方は当校で働いておりませんが。」
「いえ、でも確かに貴校の名前を私は本人から聞いておりますし、彼の携帯電話にもこちらの番号が登録されているのですが。」
「少々お待ちください。確認いたします。」
確かに何校か受けたと言っていたからここじゃないとか?でもケータイに登録されている学校はここだけだし、最寄り駅も合っている。やっぱり電話口に出た人の勘違いかな。
「大変お待たせいたしました。わかりました。」
ほらほら。
「その方は確かに◯月に当校に面接にいらしております。ですが、残念ながら不採用とさせていただきました。と言いますのも当校の講師の資格として大卒以上、また英語ネイティブの者、という規定がありますので___」
「あ、ああ、そうなんですか。すみません。ちょっと連絡の行き違いがあったようです。お忙しいところ大変失礼致しました。
ところで…すみません。失礼ついでにひとつお伺いしたいのですが、やはり一般的に言って彼のように英語はネイティブ並みでも非英語圏の国籍で大卒でないものは、御校のような語学学校に講師で採用される、ということは難しいのでしょうか。」
「ああ、ええそうですね。彼の場合スペイン語の講師としても大卒というところがネックになって採用は難しいと思います。まあ小さな個人経営の英会話教室などでしたら可能かもしれませんが、そのへんの事情はちょっと…。まあいわゆる大手といいますか、うちも含めて複数校をもつような規模の学校だと、やはりこの2つは最低限講師に求める条件となっております。」
ケータイを切り、私は軽く頭を振った。また右こめかみの奥でなった「なんだそりゃカウンター」をゼロにリセットしたいかのようだ。そう思った自分を少し嗤(わら)った。
ともかく。
語学学校に迷惑をかけると思ったことは杞憂だった。
彼は始めから勤めてなどいなかったのだから。
よかったじゃないか。ははは。
完全に私は疲れていた。
どこかの街で身元不明者の××を発見、みたいな記事が新聞に載ってやしないかと、三面記事と地方版あたりに毎朝まず目を通すのが日課になっていた。また家の鍵はどこにもなかったので持って出ている。それならばひょっこり帰ってくるかもしれない___そう思って部屋に「心配している。至急連絡乞う」という置き手紙を机の上に置いておいたり、母に状況を説明し、帰って来たら必ず連絡をするように言ってね、と告げたり、幾人かの彼の友人に電話をして居場所に心当たりがないか聞いたりした。
そうした日々のなかで彼の身体のことを心配する気持ちと、少しづつ彼の嘘を発見していくことで彼自身を疑心暗鬼の目で見ている自分に苛立つ気持ちと、彼自身への苛立ちと・・・色々な思いが自分のなかでこんがらがって来て、もういっそのこと全てを終わりにしてしまいたい!とちらりと思ったりした。
「すべてを終わりにする」その深い意味はあえて見ないようにして。
そうしてほぼ彼の行方不明から一週間がたったある日のこと。
「みゆまっしーさん。お母さまからお電話よ。」
私は職場の同僚からそう告げられて、はっとした。
仕事が忙しくて昼にメールチェックしていなかった!職場に直接電話してくるとは、よっぽど緊急の用件らしい。何だ?何だ?…やはり彼の件…だろうか。だろうな。何だ?
電話口におそるおそる出た私に、相変わらずのポーカーフェイスの母が言った。
「ちょっと。彼、見つかったわよ。」
「ほんと!どこにいるの?無事なの?どうしているの?」
「ん…まあ無事みたいよ。秩父警察から電話があったの。」
ケ イ サ ツ ?
けいさつ。えっ!警察?病院ではなく警察!?
保護してくれたんだろうか。
「どういうこと?何で警察なの?で、何だって?」
「わからないわよ。私だって。ともかく警察の人もあんたと話したいって。だからこちらから連絡させますって言っといたから。書くものある?連絡先言うわよ。」
私は急いで秩父警察署の電話番号、内線番号、担当の方の名前などを書き留めた。
「じゃ、伝えたわよ。ともかく見つかってよかったわ。じゃあね。」
うん。ともかく見つかってよかった。本当に。
今、無事でいてよかった。
でも、なんで…警察、なんだろう。
まずは、この番号に電話してみよう。すべてはそれからだ。
第五話へ続く ↓