みゆまっしーのノンフィクション小説・第五話。ついに彼が見つかった。取りあえずの無事に安堵したものの、連絡をくれたのは秩父警察。なぜ警察に?それもすぐには会わせてもらえず、ようやく最初の連絡から六日目。私は秩父へと向かった___
前回まで
...................... 第五話 ..........................
観光シーズンでもない平日午後2時台の池袋発・特急レッドアロー号は、すいているというよりガラガラだった。観光だったらもっと朝の早い時間に乗るだろうし、帰宅ならまだ時間は早い。何も特急料金を払って急がなくても普通料金の急行で十分だろう。
あのサラリーマンっぽい男性はなんでこの特急に乗っているのかな。もしかして私と同じように、秩父警察に拘留されている知人に差し入れを持って面会するため?だったら西武秩父駅で「行き先は秩父警察署ですよね。よかったらタクシーご一緒にいかがですか?」って声をかけてみるか。
タクシーのなかでは、ま、当たり障りのない話をして。
「そちらはどういった容疑で?」
おっと、いきなり直球ド真ん中!
「ええ、私の場合は…実はよくわからないんです。本当です。隠してるんじゃないんです。ですがなんだかまだしばらくは出られないらしくて。でまあ取りあえず着替えやら歯ブラシやらの差し入れを持ってくるように、と連絡があったので…あ、運転手さんここですね?」
タクシーは割り勘で、いえいえここは私が持ちますよ、そんな、こっちから誘っておいて…そうですか、もう本当にすみません、ではお言葉に甘えて…なーんてことに___
まあ、なるわけはないが。
私は暇つぶしの妄想劇場をストップさせ、横に置いた紙袋を眺めた。この中には彼への「差し入れ」が入っている。それはすなわち彼はまだ今後も警察署に「勾留」されるということを意味していた。私が身元引き受け人となって今日「釈放」されるなら、こんなものは要らないのだから。
今の時点で私がわかっていることはこれだけ。
- なんだかわからないが彼は取り調べを受けている。
- まだしばらくは釈放されない。
- 少なくとも身体は健康である。
少なくとも__秩父警察の担当A氏は確かにそう電話口で言った。
「彼、ともかく身体は大丈夫なんでしょうか!?」
母から聞いた電話番号をダイヤルし、A氏に開口一番こう聞いた私に。
「身体?あ、ああ〜はじめちょっと腹痛を訴えていましたが、今は全く問題ありません。ええ、少なくとも身体の方はいたって健康です。」
___腹痛?なぜお腹なのだ。腫瘍は脳、だったはずで__
『少なくとも身体は』?では多くともドコが何だというのか!
ともかくずっと行方不明で心配していた。一目会いたい。いやそれより自分が身元引き受け人になるので、どんなご迷惑をかけたかは知らないがすぐ引き取る。そう告げる私に、A氏はちょっと直ぐは面会すらできないの一点張り。では何をしたのかと聞くと、いや、それも含めて取り調べ中だと言う。「なんだそりゃ!」カチッ
そのくせ彼の氏名・年齢・国籍・日本滞在の目的から私の年齢・職業、果てはいつからどんな関係だ、まで根ほり葉ほりゴチョゴチョネチネチ…カチッカチッカチッ!
一つ手前の飯能駅で、サラリーマンの男性は降りていった。
どうやらタクシーは一人で乗らないといけない、らしい。
「お願いしていた彼のパスポートは持ってきていただけましたか?」
よくテレビドラマで容疑者が取り調べを受けている部屋よりは少し広めだが、同じようにテーブルと椅子しかない殺風景な部屋に通された後、想像していたよりは感じのいいA氏が、私にさっそく尋ねた。
「もちろん、ここに…それで直ぐ彼に会わせていただけるのでしょうか」
「はい。確かに。…いえ、ええとその前にいくつか貴方にお話しておきたいことがありまして。あ、失礼ですがそちらが彼への差し入れですね。そちらもお預かりしましょう。」
「その前に、すみません。本当に私よくわからないんです。彼はなぜ、警察につかまって…いえあの勾留されるようなことになったのか、教えてもらえませんか?」
「そうですね___では事実だけを簡単に申し上げましょう。
私たちは市内の◎△病院から通報を受けまして__そもそもは急患で駆けこんできた外国人__ええ。彼です。彼に氏名や国籍を聞いても答えない。なんだかひどく興奮した状態だったらしいです。ようやく聞き出すと自分はイタリア人だと言う。そこで市からイタリア語の通訳を呼んだのですが、まあ首相の名だとか答えられないわけですよね。で、君はイタリア人ではないだろう。本当の名前と国籍を答えろ、となりまして、そうすると次は『自分はブラジル人だ』という。で、今度はポルトガル語の通訳を連れてきて__ええ、そうです。今パスポートで確かに確認しました。彼はメキシコ人ですね。そう、で、今度もすぐブラジル人ではないことはわかったんです。
が、ここまで名前や国籍を隠すのは何か疾(やま)しいことがあるのではないか、例えば犯罪に関わっているのではないか…そう病院側は考えまして我々に通報してきた、というわけです。」
「それは__彼は自分の病気のことで、私にも捜してくれるなと言っていたし、もうそういった自分の名前だとか国籍だとか、そう言ったものを全てを捨て去りたかった__だけかもしれません」
「それはまあ、そうかもしれません。でも我々にはその時、彼があまりにも言動が尋常ではないので薬物使用の疑いだとか、まあいろいろ可能性を考えましてね。今はだいぶ落ち着いてきましたが、やはりまだかなり 情緒不安定、といったところでして___」
「経緯はわかりました。ただ、先ほど急患で病院にかけこんだ、とおっしゃいましたが、では彼は自分から病院に行ったんですね。それほど彼の病気は悪いのでしょうか。」
「ああ、そこに誤解があるようですね。病院に行ったのはその「彼の病気」のせいではありません。ただその「病気」ですがね、我々も彼が少し落ち着いた頃に健康診断をしたんですが、特に問題は見つからなかったんです。ですが彼は死ぬ死ぬ言ってますし、その辺りの話になると、まあ、ハッキリいって手が付けられないといいますか___
で、まあ、彼によれば貴方には大変お世話になったそうで、貴方には話す、と言うんです。でまあ、こちらとしても貴方から彼にそのへんの話を聞いてもらえれば、と思っているわけです。ええ。
で、すみません。話がそれましたが、彼が急患で駆けつけたのは、その前にまあその自殺、を図ったんですね。なんでも真夜中に秩父の山に入っていって、赤い花を大量に食べた、とか。」
秩父。赤い花。赤い、あかい___曼珠沙華。
〈知ってる?この花ってきれいだけど、毒があるんだよ〉
毒があるんだよ毒がある毒が________
ばかばかばかばかばかばかばかばかばかあたし!
「でまあ、お腹が痛くなって、下山したところに◎△病院があり、で、そこに駆け込んだらしいんですね。」
私は怒ったらいいのか呆れたらいいのか泣いたらいいのか笑ったらいいのか、本当にわからなくなったので、とりあえずそれぞれを1/4づつカラダから吐き出した。
右のこめかみ奥がいたい。ボタンの押し過ぎだ。今日は私の人生での「なんだそりゃ!」最多得点更新日になるのは間違いないだろう、と思った。
その通りだった。まだまだこんなのは序の口だった___
第六話に続く ↓