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【私小説7】曼珠沙華の路---砂上の楼閣の全貌

みゆまっしーのノンフィクション小説・第七話。ついに彼の自殺の真の理由があきらかになった。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染の疑い__これが彼の砂上の楼閣を完全に崩壊させてしまったのだ__釈放の夜、ついに私はすべてを知ることになる___

前回まで

【私小説1】曼珠沙華の路は黄泉にいくのかメキシコか?

【私小説2】曼珠沙華の路---なんだそりゃカウンター始動 

【私小説3】曼珠沙華の路---二通の手紙とケータイ  

【私小説4】曼珠沙華の路---嘘・ウソいったい何がホント? 

【私小説5】曼珠沙華の路---秩父警察署へ 

【私小説6】曼珠沙華の路---秩父警察署・面会室 

 

...................... 第七話 ..........................

 

彼が釈放される日、秩父の街もまた他の街と同じように、すでにクリスマスの飾りからお正月の飾りへと 変わっていた。

担当だったA氏は別件に対応中ということで、先日彼との面会の後に私を「参考人」として「取り調べ」をした、体格は良いが私の印象は最悪に悪い警察官Bが代わりに現れ、私はその顔を見たとたん、あの忌まわしい「取り調べ」を思い出していた。

 

「ええと、彼とは肉体関係はあったんでしょうか?」

!いきなりノーコンピッチャーの大暴投!

私は彼との面会で心身ともに疲れきっていたので、この一言で一気に噴火した。

「そんな訳ないでしょう!彼とは本当の友だちです!いいですか?差し入れで下着を買ってこいって言われて私が下着売り場でどれだけ困ったか、あなたに想像つきます?私は彼がトランクス派なのかブリーフ派なのかも知らないっていうのに!!」

 さすがの私の剣幕に彼はたじろいではいたものの、結局長々と彼と私の出会いから何からを聞き出し、それを文章にまとめさせ、その文の冒頭を

「私みゆまっしーは◯◯と肉体関係を結んだことは一切ありません。」

にするようにとあくまでも主張した。慣例だ、と言って。

ここで抗って私まで公務執行妨害で逮捕されてもアホらしいので、その100億倍アホらしい文を書きながら私は考えていた。

 

異性間の友情があたりまえでない社会では、

同性間の愛情もまたあたりまえではない。

 

おお!なんて名言だ__でもちょっとヒネリが無さすぎかな。まあともかく!彼が釈放されたら、同性間の愛情の後始末を異性間の友情でガッツリつけてやるぜ。首を洗って待っていやがれ!そのときゃテメエなんざ場外ポーーーンだ!ギャラクティカ・マグナム!!

 

書き上げた「調書」をにっこり笑いながら、私の中では全身ガラスの破片で一杯のBに渡すと、Bは朱肉を差し出しながら最後の署名の横に拇印を押すように言った。せっかく盛り上がった気分がまた一気に盛り下がった。

「ああ、これでもう悪いことはできないな…」

この時初めて◯◯のことをちょっと恨んだ。

 

 

さて、これからここに書くことは、釈放された彼とともに実家の二階へ戻り、もう一切の嘘は無しだよ__もちろん、もう嘘はこりごりだ__そう言って彼が私に話してくれた内容なので、今度の今度こそ真実である。ただその話に彼の想像が入っていることはもちろん、多少私の想像も入っているかもしれないし、また話が多少あちらこちらになるかもしれないが、そこはご容赦いただきたい。実際私たちは徹夜で本当に長い時間話し続けた。あっちに行き、こっちに戻りつしながら。あるときは笑い、そしてあるときは抱き合って泣きながら。

 

 

彼は祖父母に育てられた。

前にも言ったが彼の母親が彼を生むとすぐ、自分の両親に彼を預けたからだ。その後彼女は二人の娘を持つ(彼を含め三人の父親はみな違うそうだ)。そしてその娘たちとは同居するのに、彼のことは引き取ろうともせず、滅多に顔すら見せなかった。

 とはいえ暖かい祖父母の愛に包まれ、授業をすべて英語で行う私立校に通い、勉学にも真面目に取り組み優秀な成績を修めていた彼だが、もうその頃には自分の性癖に完全に気がついていた。友人としての女性は大好きだが、「そういう意味」で好きになるのはいつでも男性___それも父親くらい年の離れた男性だ、ということに。

自分を顧みない母、次々と違う男性と関係を持つ母を激しく嫌悪する一方で、まだ見ぬ父親への憧憬が彼の性癖を形作った___のかもしれないし、まったく関係ないのかもしれない。ともあれ、その彼の性的嗜好を、ある日祖父が知ることとなる。

メキシコは基本マチスモの国。マチスモはその名の通りマッチョからきている。そんな慣習のなかで平均的な常識人の祖父は彼の性癖が許せなかったのだろう。彼を病院に入れて更生させようと試みた。そこで彼はそれから逃げ出すため「そのとき付き合っていた”彼氏”とは別れる。そのためには距離的に離れることが一番だ」そう祖父母を説き伏せ、興味のあった(浜崎あゆみのいる)日本へ短期の語学留学に行くことを承諾させたのだった。

 

彼は日本に入国する前にヨーロッパを一ヶ月ほど旅行した。そのとき知り合って関係を持ったのがイタリア人のXである。彼とは本当に意気投合してまたの再会を誓い合う。そこで日本の語学学校が終わったらまたヨーロッパに戻るつもりで、彼は学校の始まる日本へと旅立った。

 

日本の生活はそれなりに快適だった。それはそれで満喫していた。そうしてあっという間に日本語学校とホームスティの三ヶ月は終わりを迎えようとしていた。祖父母は当然気持ちを入れ替えた孫がこれですぐ帰ってくるものと思っていた。しかし彼にはそんな簡単に変われるものではないことは判りきっている。今すぐ戻ることはすなわち治る見込みのない病気のため一生病院に入院させられることを意味していた。彼は祖父母に手紙を書いた。日本で語学教師の職につけたのでしばらくこちらに滞在する、と___

そうしたときに知り合ったのが私である。 

もう出なければならないホストファミリーの家。その代わりがひょんなことから手に入った。自炊などはしたことがなかったが、できないといったらこの話がフイになると思い、できる、と私にうそぶいた。実際コンビニが発達した日本。お金さえあれば食べるものには困らない、そう思った。

祖父母に言った嘘も、その時点では簡単に本当のことにする自信があった。語学的なセンスに長けた彼はスペイン語・英語・イタリア語はネイティブ並み。ポルトガル語も90%。簡単に語学講師の職が見つかると思っていた。そうして日本で働きお金を貯め、その後のイタリア生活の資金を調達しようと夢を抱いていた。

 

だが実際は、10代の短期滞在の外国人が簡単に職につけるほど日本という国は甘くなかった。どんなに語学に自信があっても高卒で非ネイティブの彼は大手の語学学校で英語講師として採用されることはなく、それは小さなところでも同様だった。どんな簡単な職でもいい、そう思ってアルバイトを捜すが、例え語学センスがあるとはいえ日本語能力はまだ就労できるほどのレベルには達していない。彼を雇ってくれるところは一つもなかった。

そうしたなか手持ちの金はどんどん減っていく。祖父母に嘘をついてしまっている以上彼らの援助は望めない。私にも同様だ。彼は自分の嘘でがんじがらめになり、それを解消したくても現実は厳しく、嘘に嘘を固め、どんどん自分で自分を崖っぷちに追いつめていった。

そんなとき(私がこの二階玄関で彼に追い返された前日)___イタリア人Xからのメールをインターネットカフェで見たのだ。「自分はHIV検査で陽性反応が出た」というメールを。

彼はすぐにHIVについてネット検索をした。初期症状で書かれた項目のほぼ全部が自分に当てはまっていたことに完全に打ちのめされた(一般にHIVの初期症状は風邪に似て発熱、リンパ節腫脹、咽頭炎、皮疹、筋肉痛、頭痛、下痢や体重減少等。栄養も不十分でストレスフルな生活をしていたら誰でもほとんど該当すると私は思う)。これが最後の一押しとなった。彼は完全に崖っぷちに立たされた。戻るなど不可能。この恐怖、この屈辱、この苦しさから逃げ出す唯一の方法は___崖から飛び降りること。甘い誘惑だった。それで全部おしまいにできる。

彼はその路を選択した。

 

そうして家を出て最寄駅からタクシーに乗り込んだ。「秩父へ行ってくれ」泣きながら訴える外国人に運転手はただならぬものを感じ、まだ電車が走っているからそちらで行った方が…と暗に乗車拒否をした。そんな運転手に彼は有り金全部の三万円___そう、もう彼には三万円しか残っていなかったのだ___を投げつけた。金は持っている。いいから行け、と。秩父を選んだのはまだ平和だった時期の楽しい思い出だけがある土地が無性に懐かしかったから。そうして深い山に入っていった時、赤い花が群生しているところに出た。もちろん種類は違う。季節が違うのだから。しかし迷うことなく彼は____

 

 

外は鳥がさえずり始めていた。私は言った。

「もうさ、メキシコに帰ろうか。疲れちゃったんだよ、知らない人だらけの日本、思うようにならない生活に。年末年始は医療機関も休みだし結果が出るまでにも時間がかかるし。だったらまず帰って、君を100%抱えてくれる、愛してくれる祖父母のいるメキシコで検査を受けよう。お祖父さんもきっとわかってくれるよ。君を愛しているんだから。ちゃんと話して、ちゃんと向かい合って、ちゃんと戦っていこうよ。ね!」

彼も心から頷いた。

「航空券は確かオープンで日付変更ができるんだよね?」

それを聞いた彼は幽霊に背中をつつかれたかのように急に飛び上がり、台所脇のゴミ箱に突進した。私は___イヤな予感がした。

「ない、ゴミ袋がない!家を出る時にもうこれを使うこともない、と、チケットを引きちぎってここにあったゴミ袋に捨てたんだ!ない!」

 

「それ・・・アタシが捨てた。ゴミの日に。」

 怒ったらいいのか呆れたらいいのか泣いたらいいのか笑ったらいいのか…今度も私はやっぱりわからなかったので、どれもしなかった。ただ、右こめかみをグッと押さえた。

 

第八話へ続く ↓(次回はついに最終回!)

【私小説8】曼珠沙華の路---最終回・日本からメキシコへ