みゆまっしーのノンフィクション小説・第八話(最終回)。警察から釈放された彼と実家の二階に帰り、一晩ゆっくりと話し合った。今までのこと、そしてこれからのことを。大事なのはこれから。そうして二人の新しい年が始まろうとしていた___
前回まで
...................... 第八話(最終回) ..........................
横浜の山下公園で私たちは新年のカウントダウンを待っていた。
彼が日本を発つのは3日後。多分これが彼にとって、この日本滞在中最後の観光旅行になるだろう。
「京都や広島、北海道…行きたかったな…」
「ま、今回は無理だけどさ。日本は逃げないから。また来ればいいんだよ。」
あ、止まった。「また」なんてあるんだろうか。もし検査で陽性だったら…とかなんとか考えだしたな?もう、今考えても仕方ないことだし、そうなったらそうなったときに考えればいいのに。…っていうのは当事者じゃないから言えることか。うん。アタシは当事者じゃない。本当の家族でもない。君のことをまるまる抱えてあげることはできない。でも、友だちだから。友だちとして、いつでも言いたいことを言ってやる。
「次はまず浜崎あゆみのコンサートかな。ま、アタシは付き合わないけど。」
彼はプッと吹き出し、そうだ、絶対行く。そのために絶対日本に戻ってくる。そう笑顔で私に言った。
停泊中の船が一斉に汽笛を鳴らし始めた。と、ほぼ同時に少し左奥の観覧車の方角に花火が次々に上がりだし、周りの人たちも一気に叫びだしたので、私たちは負けじとお互いの耳元で叫び合った。
「明けましてオメデトー!」
「¡ Feliz año nuevo ! 」
自然とメキシコ流の挨拶になり、抱き合ってbeso。
そうして、彼は言った。
「みゆまっしー。本当にいろいろありがとう。君と会えて、僕は本当に幸運だった。一生君に感謝の気持ちを捧げるし、君のことは絶対に忘れない。」
「ち、ち、ち(人差し指をメトロノームのように降りながら)そんな美しい、どこかで見たお手紙のような言葉で過去にしなーい!とりあえず、今年の夏。一ヶ月メキシコの家にお邪魔するから。お祖母さんの料理おいしいんでしょ?もう、今から楽しみ!んで、がっつり遊ぶぞ!ティオテイワカンには絶対行きたいし、それから…」
お金、きっちり取り立てにいかないとね。
さすがに口には出さずに私は心のなかでつぶやいた。
あの釈放の翌日、徹夜明けの私たちは一睡もせず新宿に向かった。彼のチケットの発行元である航空会社のオフィスが新宿にあるのをネットで見つけたからだ。
チケット番号などの控えはなかったが、運良く最近(といっても一連の騒動の前だが)出発日の変更をしたばかりでその日付を覚えていたので、わりあい直ぐに彼が確かにチケットを購入していることは証明された。ただし再発行はそれほど簡単ではなかった。
「一応再発行することはできます。ですが一旦は片道の正規料金30万円でご購入いただきます。そうして今回紛失されましたチケットの有効期日を過ぎても、確かにそのチケットが第三者に使われなかったと判明した時点で、お支払いいただいた30万円を返金させていただきます。」
受付のキレイなお姉さんはとてもキレイに、とても人情味のないことを言い放った。いやいや、コイツがビリビリに破いてアタシがポイッとゴミの日に出したことは500%間違いない。よって第三者が使うなんてことは500%ありえない。そこでどうぞ安心して再発行を今すぐしてくれ!と、どんなに意地キタナく言い募っても、
「では500%返金されますね。ご安心ください。」
にっこり笑ってキレイに言うのみである。
しょうがない!まあ戻ってくるのは500%確かなのだから!と私は覚悟を決めクレジットカードをカウンターに出すと
「申し訳ありません。カードの際はご本人様のものに限らせていただいております。」またもやにっこり。彼はびっくり。
「ムリムリムリ。返金まで半年も先なんて。そんなお金ないない。」
・・・だあああ!もう!
私は銀行ATMへ走り、30万円をおろして駆け戻った。
「あげるんじゃないからね。返金されたらちゃんと返してもらうからね。半年後なら6月か。じゃ、今年の夏メキシコに遊びに行くから。そのときにきっちり返してもらうよ。でもってまるまる一ヶ月三食昼寝付きでお世話になるから。お祖父ちゃんお祖母ちゃんにも、そこんとこよろしく」
そう言って彼に30万円を手渡した。彼はそれこそキラキラした目で私がまるでマリア様であるかのように見ながら何かを言おうとしていたが、私はそれを言わせず、お姉さんに紙とペンを所望した。お姉さんが立会人だ。ここで一筆書いていただきましょう。
『わたし◯◯は、みゆまっしーから30万円を借用いたしました。△▲航空から返金があり次第それをみゆまっしーに返します。日付・署名』
さすがに拇印は強制しなかった。
世の中は一年のうちで一番チョコが売れに売れる月になっていた。そんな世界が愛とチョコに溢れたある日。私はメールの受信BOXに彼の名を見つけた。
「聞いてくれ、みゆまっしー!今日は僕にとって人生最良の日だ!!HIV検査の結果が出たんだ。もうわかるだろう?そう、君の言った通りだったよ!僕は___陰性だった!!」
「ハッ!」私は鼻と口の間から強く息を吐き出した。あんまり強かったものだから、私の右こめかみ奥の「なんだそりゃ」カウンターが飛び出してしまったほどだ。
さて、では今回は…怒ったらいいのか呆れたらいいのか泣いたらいいのか笑ったらいいのか?答えは決まっている。私はすぐさま母に電話をして___
二人で大いに笑った。
そして私は笑いながら、考えていた。
さあて、この夏、メキシコでどれだけ楽しませてもらおうか。
お土産はカレールーの箱と柿ピーと…
私のその夏の計画が動き出した。
終
※ここまでこの拙文にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました!
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